« 2007年5月 | トップページ | 2007年7月 »

2007年6月25日 (月)

「旅芸人もの」映画ベストテン

読書でも傾向は似ているのですけど、何故か同じ映画を繰り返し観てしまいます。昨日も「ブルース・ブラザーズ」のビデオを鑑賞。何度目になるか分かりません。その時、ふと気付いたのでした。自分の好きな映画は何故か「旅芸人もの」関係に集中しているということを。慌ててピックアップしてみるとかなりの数になるので整理してみました。
題して「旅芸人映画ベストテン」

1,旅芸人の記録 1975年 ギリシア テオ・アンゲロプロ監督
学生時代初めてキネカ大森で観たとき、三時間五十分身じろぎもせず釘付けになって翌日腰痛になった思い出があります。のっけから溝口ばりの長回し、ワンショット=ワンシークエンスの中で十年の時間の推移を写し出すなど、独特のカメラワークにはまったが最後、絶対に虜になってしまいます。ギリシャ語字幕は小説家デビュー前の池澤夏樹氏。

2,黄金の馬車 1953年 仏伊合作 ジャン・ルノアール監督
ネガを修復して日本で初公開されたのは1991年。そのため知名度は低いもののフランソワ・トリュフォーはルノアールの最高傑作と書いています。コメディア・デラルテの旅芸人コロンビーヌ繰り広げる恋の喜悲劇。父親譲りの色彩とビバルディの音楽は豊饒そのもの。ロッセリーニの恋人でもあったアンナ・マニャーニの演技は素晴らしいのひと言。会社を抜け出して日比谷で見終わった後の至福感は今でも覚えています。原作はプロスペル・メリメの戯曲。

3,風の丘を越えて 西便制 1993年 韓国 イム・グォンテ監督
芸術至上主義者のパンソリ奏者である父親と旅をする姉弟。逃げ出した弟と父によって盲人となった姉との再会を描くラストシーンは凄絶すぎて涙が止まらなかった。当時付き合っていた在日の彼女に「恨(ハン)が解けるって分かります? 赤澤さん」と言われたことを覚えています。

4, 1954年 イタリア フェデリコ・フェリーニ監督
フェリーニのイタリアン・ネオリアリズモ時代の傑作。粗暴な力自慢の大道芸人ザンパノ(アンソニー・クイン)と、彼が雇った女性ジェルソミーナ(ジュリエッタ・マシーナ)の浮浪生活を描きます。フェリーニが亡くなった時、ジュリエッタ・マシーナ夫人の本当に悲しそうな顔が忘れられません。彼女も五ヵ月後、追いかけるように息を引き取ったのでした。

5,ショウほど素敵な商売はない 1954年 アメリカ ウォルター・ラング監督
ハリウッドのミュージカルでは旅芸人の家族の物語を選びます。ショウビジネスの表と裏のメリハリを家族の歴史を通して描いているため、物語に厚みを与えています。次男ティムの恋人役のマリリン・モンローも絶品。

6,ムトゥ 踊るマハラジャ 1995年 インド ラジニカーント主演
ヒロインのランガナーヤキが美しい旅芸人の娘として登場します。歌に踊りにベン・ハーばりの馬車シーンにと全く観る者を飽きさせません。僕はことあるごとに映画のダンスシーンやアクションをDVDで繰り返し観ていましたが、実際インドの映画館でもそのような上映の仕方をすると聞いて、正しいマサラムービーの見方をしていたのだと知ったのでした。

7,天井桟敷の人々 1945年 フランス マルセル・カルネ監督
映画至上に残る名作は何度観ても飽きることがありません。ジャン・ルイ・バローのパントマイムだけでもこの映画を観る価値はあると思います。バルザックの小説に出て来るような娼婦ギャランスを中心に、饒舌なオセロ役者、無頼の詩人、金にしか頼れない貴族といった脇役も粒ぞろい。密告魔で嫌われ者の古着屋ジェリコに扮するのはジャン・ルノアールの兄、ピエール・ルノアールです。

8,さらば、わが愛 覇王別姫 1993年 中国 陳凱歌(チェン・カイコー)監督
京劇の女形役者を演じるのは張國榮(レスリー・チャン)、娼婦役の菊仙には鞏俐(コン・リー)とスーパースターが繰り広げる一大叙事詩。文革時、元三流女優だった江青は自分を評価しなかった演劇界に対する個人的怨嗟から激しい京劇弾圧を展開したといいます。ラストシーンで11年ぶりに2人だけで最後の『覇王別姫』を演じ終わった時、女形の蝶衣は自らの命を断ってしまいます。張國榮が自殺したとき、すぐにこの映画のことを思い起こしました。陳監督の「私の紅衛兵時代ー講談社現代新書」も必読書です。

9,ブルース・ブラザーズ 1980年 アメリカ ジョン・ランディス監督
刑務所から出たばかりのジェイクは育った孤児院を救うため弟分エルウッドとバンドを結成しドサ周りを始めます。楽器屋のおやじにレイ・チャールズ、教会の神父にジェームス・ブラウン、飯屋のおかみにアレサ・フランクリンとR&Bの神々たちがコミカルな扮装で惜しげもなく歌声を披露するというチョー贅沢な映画。まだ観てない人は必見です。

10,レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ 1989年 フィンランド アキ・カウリスマキ監督
スターを夢見てアメリカにやってきた極寒国のバンドが体験する珍道中を描くコメディ。セリフが少ないのに、とにかく笑える。まだ一度しか観ていないので下位にランクしました。カウリスマキ独特の「冴えない奴らの変なパワー」が全開です。

番外
邦画はあんまり詳しくないのですが、その中で旅芸人ものと言えば……。

歌行燈 1943年 日本 成瀬巳喜男監督
泉鏡花の原作にある弥次喜多の飄々とした雰囲気はないものの、最後の大円団の場面を成瀬だったらこう撮るのかとビックリしたものです。それにしても山田五十鈴がいるとどんな映画も引き締まるなと、あらためて感じました。同じ題材で衣笠貞之助作品もあるらしいのですが、未だ見る機会を得ていません。

マリリン・モンローが二作になるので外したけど、やっぱりビリー・ワイルダーを選ばない訳にはいかないので……。

お熱いのがお好き 1959年 アメリカ ビリー・ワイルダー監督
殺人事件を目撃してマフィアに追われ、女装して女ばかりのバンドにもぐり込むと、そこにモンロー扮する女性歌手シュガーが……。ワイルダー映画は好きなものが目白押しだけど、これまた何度観ても面白い。ジャック・レモンとトニー・カーチスの演技は笑い所満載です。

書き出してみると二十一世紀のものが入っていない! もっと最近の映画を観なくてはとつくづく思ったものです。

| | コメント (0) | トラックバック (4)

2007年6月 4日 (月)

牛のいろいろ

V6010151 鹿児島探訪記の続編です。現地でお会いした下市寿史先生からは興味深いお話を数々伺いました。先生は牛が専門の獣医師であります。
肉牛を肥育する際、去勢をするというのをご存じでしょうか? 摂取した栄養が生殖関係へ回らないようオスの場合は必ず行わなくてはなりません。そのやり方を教えてもらったのです。以前テレビで見た時はペンチのようなもので「パチン」と挟んでいたのですが、最近ではメスを使用。タマタマを切開し、卵大の睾丸を取りだし、さらにぶら下がった空っぽの袋を根本から縛ります。そして先にぶら下がったものをちょん切ってしまうとの事。なんと麻酔なしだそうです。男子たるもの考えただけでアソコが痛くなってくる話ですが、牛君は意外と平気なんだって。
種付けは雌牛の発情時に行い、二十一日後に生理が来なかったら受胎。六十日検診では肛門から腕を突っ込んで直腸から子宮の根本をつかみ、直接妊娠を確認しなくてはなりません。ほとんど肩のあたりまで牛の体内に挿入されるとのこと。牛に吹っ飛ばされたり、顔面を蹴られたりと、文字通り体当たりのお仕事です。
種牛になったらメス牛とやり放題なのかと思っていたら、型枠みたいな張りぼて相手に疑似性交させ精液を採取するんだと。それを三百本に分けるんだそうです。人気が出るとしょっちゅう木枠にまたがらなくてはならないもんですから、腰を痛める牛も後を絶たないというのですから、種牛も楽な商売ではありません。
牛の話を愛おしそうに話ながら、しゃぶしゃぶの和牛を美味しそうに平らげ、レバ刺しを三枚も注文なさった下市先生の姿と見て、生命を大切に育み畏敬の念を持ちつつ殺生していただくという事の意味を考えました。

市内を散策していると「かごしま近代文学館」という施設があったので、はて、鹿児島出身の作家って誰がいたのかな? すぐ頭に浮かぶのは宮内勝典くらいだが、なんて考えながら入ってみました。
常設展には六人の作家の足跡が。海音寺潮五郎までは、なるほどと思ったのですが、梅崎春生、林芙美子、向田邦子、島尾敏雄、椋鳩十と来るに及んで、あれっと思いました。確か鹿児島出身ではなかったはず。よくよく読んでみると鹿児島ゆかりの作家ということでした。鹿児島で生まれ育ったの作家は一人だけだったのです。
海音寺とて偉大な作家ではありますが、決して近代文学史のメインストリームを彩る人ではありません。こんなことを言うと鹿児島の方には失礼かもしれませんが、どうやらここは今までのところ作家の生まれ得ない土地柄のようです。
幕末以降、近代日本国家の礎を築く多士済々の人材を政界官界へ供給した薩摩の地が、その一方で近代文学には全く貢献できなかったという事実を面白く感じました。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年6月 3日 (日)

知覧特攻平和会館にて

Photo_13 お招きに預かり鹿児島まで行ってきました。まず初日に訪れたのは川辺郡知覧町にある特攻平和会館です。

かつて知覧には陸軍飛行学校があり、少年飛行兵や学徒出陣の特別操縦見習士官らが訓練を行っていました。昭和二十年、戦局悪化に伴い本土最南端の特攻基地となり、幾多の若人が出撃して行きました。ここには爆弾搭載の飛行機もろとも肉弾となり、一機一艦の突撃を敢行した多くの特攻隊員の遺品や関係資料が展示してあります。

飾られている戦闘機や数々の遺品もさることながら、何よりも衝撃的なのはおびただしい量の遺書や寄せ書き、そして絶筆。遺影とともに展示された書き付けは自筆であるがゆえ、月日を越えて出撃する若人の息吹や諦念、覚悟を現出させます。たんたんと綴られた文字や文章からは言霊と呼ぶにふさわしい情念が立ち上り息苦しくさえ感じられました。時間がなく全てを読み切ることは出来ませんでしたが、もう一度訪れたうえ、しっかり対峙しなくてはならない場所であると確信したものです。

綴られた文章の中に「九段」という言葉が散見されました。突撃を控えた若い隊員にとっての心の中に占められたかの場所への想いを痛切に感じました。保守派の人々が靖国に固執する気持ちもある程度理解でき、この問題の根深さを実感した次第です。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2007年5月 | トップページ | 2007年7月 »