サッカー元日本代表・中田英寿が「自分探しの旅」に出て数ヵ月。その動向が定期的に報道されている。
純粋にサッカー選手として世界的レベルであったのか、冷静に検証してみると、その実績自体は明らかに二流であったと言える。数字から見てみると彼の選手としてのピークは98から99年のペルージャ時代であった。セリエA35試合に出場し、10得点を挙げている。しかしその後のASローマ時代はベンチに入ることすらおぼつかない状況だった。2000年シーズンでの先発出場は五試合である。ところがASローマ優勝の瞬間、たまたまピッチに立っていたので、日本のマスコミはスーパーサブとしてチームに貢献したように報道した。実際のところ、この試合も3ー0で勝利の行方が見えた後半に途中出場したに過ぎない。その後、パルマ、ボローニャ、フィオレンティナ、ボルトンでは一度たりとも定位置を確保できていない。ドイツブンデスリーガ全盛時代のブレーメンで長年中心選手として活躍した奥寺康彦とは比べようもないレベルである。
もちろんスポーツ選手は数字だけで評価されるものではない。記録よりも記憶とでも言おうか。新庄剛志や清原和博のように実績以外のところで突出した人気を誇る選手もいる。
中田英寿に関しては、そのパフォーマンスが鼻についてならない。営業戦略の匂いが強すぎるのである。「人生とは旅である」なんて科白を残して世界行脚に乗り出したヒデであるが、一人旅をしている訳ではない。常に二三人のお付きのものがヒデお気に入りのファッションを満載したスーツケースを引きずりながらお供している。しかも旅人・中田を扱ったDVD、写真集、単行本、テレビドキュメンタリーも同時進行しているという。ゲンダイ10月28日号によると、「なるべく露出を控え、世間にヒデは今どうしているんだというムードを高めた上で、一気にメディア攻勢をかける」とのこと。彼の旅は商売そのものなのである。
10月27日予告なしにフィリピンのスラム街を訪れる。電撃訪問なのに何故か現地の新聞記者が先回りしている。ナイキのサッカーボール五十個を配布するなど、スポンサーへの配慮は欠かさない。
11月17日にはハノイ市内で安部総理と対談。翌日の毎日新聞によると「政府筋によると、中田さんは鈴木正二官房副長官と旧知の間柄。たまたま首相と同時期にベトナムに滞在していた中田さんが、事務所を通じて鈴木副長官側に表敬を申し入れたという」とあり偶発的なニュアンスを醸しだしているが事実は異なっている。私の従兄弟はJICA東南アジア課所属のベトナム駐在員である。彼は中田と首相の懇談を一週間前から聞かされており、同時に厳しい箝口令も敷かれていたと言っている。ハプニング演出は巧妙に仕組まれていたのである。話題に乏しい安部総理サイドとしてもマスコミの耳目を集めるのに好都合だったのだろう。だいたい一サッカー選手が時の権力者を表敬訪問するという発想自体、私には理解不能だ。
11月24日にはタイを訪問しムエタイを楽しんだという。25日共同通信の報道によると、「タイの経済発展はとても力強いと感じる。ある程度のリスク覚悟で投資をしている」と話したという。まるでアラブの石油王的発言だ。いったい彼のメンタリティはどうなっているんだろう。自意識が肥大しまくっているとしか思えない。
勝手に自分探しをするのは結構である。しかし、自分を見つめ直すのならば一人で旅をすべきだ。それを見え見えの商売に利用するのは元スポーツ選手としてどうなんだろう。商品価値のあるうちは世間もチヤホヤしてくれる。賞味期限の切れた時、手のひらを返したようにバッシングが始まるような気がしてならない。
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