2007年12月10日 (月)

表現倶楽部「うどぃ」

「おおさかヒューマンフェスタ2007」出演のため、沖縄から南島詩人・平田大一氏が来阪されたので、大阪狭山市公民館に駆けつけました。

まずは地元の中高生で組織された「表現倶楽部うどぃ」が演舞の披露。平田さんが勝連で培ったメソッドが大阪狭山で根付き、着実な成果を上げていることを実感させる出来映えでした。とにかく子供たちの目力がすごいんです。続いてワークショップで学んだ踊りの成果発表。二日間の練習で本番となったため、ぎこちなさはあったものの、全力投球の演舞に会場からは暖かい拍手がおくられました。

子どもたちの後は平田さんの「南島詩人一人舞台」です。ミルクムナリという踊りは初めて拝見したのですが、土着的な舞踏と独特のリズム感にあらためて彼の根っこを実感させました。平田さんの親友でもある「ディアマンテス」のリーダー、アルベルト城間さんのステージもお初だったのですが、ラテンと沖縄が絶妙にミックスされた独自の世界が印象的でした。

打ち上げの席にも参加させていだだきました。生徒達の父母をはじめ、地域活動に従事しておられる方、行政の方、狭山三中の先生方などが、いかに素敵なマチをつくっていくのか熱く熱く語っておられる姿に感動したものです。

郊外のベッドタウンに生まれた子どもたちがいかにして地域に対する愛情や誇りをはぐくんでいくのか。けっこう難しい課題だと思うのです。ひとことで地域おこしといっても人々の絆の薄い新興住宅街ではなかなか求心力が生まれません。私自身、大阪狭山の隣町にあたる金剛という造成地で育ち、自分のマチが嫌いでたまらず高校を卒業するや東京へ逃げるように出たものです。
結局、熱い情熱を持った大人たちが前を向いて行動することが何よりも大切なのだと実感しました。そしてその情熱をどのように組織化させ形にしていくのか。平田さんの沖縄での取り組みを大阪という地で根付かせている「うどぃ」の活動は、地域活性化のモデルケースとなり得るのではと考えました。

飲み会の最後に平田さんが挨拶されたあと、締めはアルベルト城間さんの「アスタ・マーニャ」の独演。二十歳までペルーで過ごした日系三世のアルベルトさんが幼きころお母さんからいつも聞かされていた子守歌で、日本に渡ってこられてから沖縄のメロディーだったと気付き、長女の誕生した際にアレンジされた曲だとの説明がありました。
静まり帰った座敷で聞く弾き語りに全身からわきでる鳥肌が止まりません。居酒屋のお姉さんまでがポロポロ涙をこぼしています。参加させてもらって本当に良かったと心から思いました。

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2007年12月 7日 (金)

宝塚、チョー素敵!

0707hoshiposter1_2 お誘いをいただきたので、ついに禁断の園へ足を踏み入れてしまいました。宝塚大劇場にてグラン・ステージ「エル・アルコン-鷹」、グラン・ファンタジー「レビュー・オルキス-蘭の星」を観劇するチャンスをいただいたのです。

タカラヅカ……その濃密な乙女の匂いのする空間に以前から興味はあったものの、キッカケもなく、関西人でありながらお恥ずかしくも今まで宝塚童貞でした。

元阪急ブレーブスのエース山沖之彦夫人で「元月組男役・白川亜樹」の木綿子さんから頂いたチケットはなんとSS席の真っ正面。こんな間近で芝居を見ること自体、初めての経験です。ちなみにお二人のお嬢さんは星組所属の芹香斗亜さん。今回の出し物にも出演なさっています。

それまでの宝塚の印象といえばまずド派手なメイクだったのですが、主役ティリアン・パーシモン演じる安蘭けいさんを目の当たりにするや、全身から発散される迫力にそんな先入観は吹き飛んでしまいました。とにかくとにかくカッコイイのひとことに尽きるのです。ヒロインであるギルダ・ラバンヌ役の遠野あすかさんの美しさといったら一体これはなんでしょう。展開の早いストーリーと見事な歌声、オーケストラの生演奏に時の経つのも忘れ、ステージの最後には息も止まり涙ちょちょ切れんばかりになっていました。

レビューの方はアルゼンチンタンゴ仕立て。本場から振り付け師をまねいたとのことだけあって、見事なステップは圧巻でした。それにしても次々と変わるゴージャスな衣装の数々に、洩れるのはため息ばかり。マジックショーを見ているようなものでした。お馴染みのラインダンス、大階段、羽根付きの衣装、そのどれもスペクタクル過ぎて現実に目の前で行われているという感じがしないのです。
実物を見ることなく「ヅカ」を語る事なかれ。決して女子供だけのものではありません。今後の人生において声を大にしてプロパガンダに努める決意を持ちました。

舞台がはねた後、宝塚南口のアモーレアベーラでお食事。日本で最も歴史のあるイタリア料理店の一つです。シチリアの味に舌鼓を打ちながら、宝塚にお詳しいライターの三島克也さんや元タカラジェンヌから宝塚のイロハについて教わるという、またしても至福の時間を過ごすことが出来ました。皆さん、ありがとうございます。

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2007年11月19日 (月)

なんばグランド花月へ行く

「南の島のたった一人の会計士」屋宮久光先生が来阪されたので一緒に「なんばグランド花月」へ行ってきました。

お目当ては「海原やすよ・ともこ」。大好きなコンビです。お決まりのつかみギャグ「よろしこ」を聞いただけで僕のゲラスイッチは発動。生で見たのは初めてですが、ともこ姉さんの迫力が圧巻で、実物はテレビ以上のおもろさでした。

次なる興味は「中田カウス・ボタン」。何しろ8月末から9月初頭にかけて大阪の夕刊紙は「中田カウス、日増しに大きくなる『逮捕』の2文字」といった見出しのオンパレードだったのです。その内容はというと世界陸上が終わり次第、大阪府警捜査四課が強制捜査に入るというもの。巷間ではこの噂で持ちきりでした。
某スポーツ新聞の吉本担当記者によると、吉本興業社内では、もはや終わった話のような雰囲気さえあるとのこと。週刊誌でカウスの醜聞が取りざたされてからはや半年。舞台の上でネタを繰り広げる彼にはそんな素振りは微塵も感じられませんでした。
M-1グランプリで審査員をつとめるカウスはいつも優しいコメントで芸人を勇気づけ、採点も甘い目ですので、人のいいおじさんなんだなーなんて思っていました。
桂文珍を土下座させてたとか、山口組とツーツーだったとか、吉本本社に顧問室を持っていてふんぞり返っていたとかいった記事を読んで本当に驚いたものです。
満面の笑みを浮かべながら飄々と語るカウスを見つめていると、やっぱり素朴な人にしか見えません。何が本当なのか分からなくなってきました。

ラストはお決まりの吉本新喜劇。久しぶりに島木譲二さんを見たのですが「大阪名物パチパチパンチ」に昔のような威力が無くなっていました。まあ六十歳を過ぎて以前のような殴打を続けていたら死んでしまいますから仕方ないですね。
お芝居には元ビッキーズのすっちー軍曹も出ていました。衝撃のコンビ解散からはや一ヵ月半。才能のある人だけにピンで頑張ってもらいたいものです。

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2007年10月31日 (水)

炎のヨーコ後援会発足③

次なる出し物は「タバコ飛ばし」。指名されたお客さんがあそこから噴射されたタバコをキャッチします。第一トライアルに選ばれたのはわれらが山本デスク。御大の登場に探検隊一同の期待も高まります。

「いきまーす!」

との掛け声と共に放たれたタバコは、横浜ベイスターズ・クルーンばりのスピードで山本デスクの額を見事にとらえました。眼にも止まらぬとはまさにこのこと。まさに顔射といっていいでしょう。爆笑が館内を包みます。次なるキャッチャーは先ほどから大騒ぎの浴衣坊主。ヨーコさんに指名されるや、「メガネ、メガネ」と言って鞄の中を探し始めたオッチャン目がけて射られたもう一本、今度は浴衣の懐へ絶妙なフォークボールとなってすっぽり。その絶妙な緩急に見るものすべてが翻弄されるのでした。

ショーのクライマックスはなんと言っても「ファイアー」。彼女が「炎のヨーコ」と呼ばれる至芸は、ご想像通り、あそこから三メートルほどの火を吹き上げるというものです。

「消防法など完全無視のこの芸、なんとお股から火を噴きあげてみせます。前に座っているあなた、そうあなたですよ。危ないですからくれぐれも、前に身を乗り出さないでくださいね。大丈夫?」

と指さされたのは何を隠そうこの私。彼女の股間より突き出た噴射ノズルはピタリとわが額へ向けられたのです。その距離の近いこと。思わず自分の頭が「ラーメン大好き小池さん」のようにチリチリになった姿を想像してしまいます。

「見事にお股から炎が上がりましたら、みなさんご一緒に『ファイアー!』と叫んで下さいね!」

ヨーコ嬢は点火したアルコールランプを私と彼女の股間の間にセットし、左手を高くあげ、

「いくよっ!」

掛け声に合わせて照明さんが舞台のライトを落とすや、

「ブフォーーーーー」

いきなり炎のカタマリが鼻の先までやってきたのです。
とにかく熱い! もの凄い熱風なのです。ビックリしてしまい、初めて見た時のように純真無垢に「ファイアー」と叫ぶことが出来ません。

「ちゃんと、『ファイアー』言わんかい」

もちろんつっこまれます。観客とヨーコさんが炎を通して一体にならなくてはこのショーは完結しません。われながら修行の足りなさを実感しました。今度はどうなってもいい、たとえ自分の頭がスキマスイッチの常田さんみたいになっても仕方ないと覚悟を決めます。次なる炎が吹き出ると同時に、

「ファーヤー」

と心から絶叫。日ごろのストレスや俗世の煩悩から解放され、まさに至福の瞬間を迎えることができました。完全に「イっちゃった」と言っても過言ではありません。

公演後の懇親会にはヨーコさんも駆けつけて下さいました。聞けば以前のお客さんにはのヨーコさんのファイヤーを浴びて眉毛を焦がした方もいらっしゃるとのこと。伊達や酔狂で「炎のヨーコ」を名のっているのではないのです。

懇親会なかばに西埜記者が発起人となり、ヨーコ嬢の後援会結成が高らかに宣言されました。もちろんこれだけの顔ぶれがそろっているのですから単なる応援団で終わるわけにはいきません。もはや絶滅危惧種と化しつつある古典芸能「花電車」を歴史的遺産として後世に伝えなくてはならないのです。今後はヨーコさんの重要無形文化財指定を勝ち取るべく、文化庁との政治折衝につとめる所存であります。

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2007年10月26日 (金)

炎のヨーコ後援会発足②

踊り子さんの舞台に見とれながらも、われわれの視線を釘付けにしたのは舞台最前列に陣取るタンバリンおじさん。音楽に合わせてタンバリンを鳴らすのですが、その上手いこと、寸分もリズムを狂わさずに様々な音色を奏でます。人の良さそうな普通のおじさんなのですが、小刻みに揺らす上半身と恍惚とした表情に笑いをこらえるのが必死。タンバリンは命より大切らしく、踊り子さんのポラを買いに行くときですら首にかけて持っていきます。もちろんとてつもなく年季の入った代物でした。
舞台中央部に陣取った入道頭に浴衣姿のおっさんがこれまたすごかった。
「ええぞー、ええぞー」と満面の笑みを浮かべながら拍手を続けます。その突き抜けた表情たるや菩薩というか恵比須さんというか、もはや完全にイッてしまっているのです。エロエロ探検隊一同、後光さすそのピュアな御姿に心を洗われる思いでした。ただ哀しいかな、タンバリンおじさんとは違い、拍手や合いの手のタイミングが全くダンスや音楽と合致しておらず、踊り子さんにとっては営業妨害以外の何ものでもありません。そんな時、われらがヨーコ嬢の登場となったのです。波乱の幕開けが予想されました。

最初の余興であるダンスの時から浴衣坊主は騒音の洪水をまき散らし迷惑千万な状態をかもしだしていました。もちろんご本人は悦楽の世界に漂っているので悪意はありません。ヨーコさんは、
「やりにくーてしゃあない」とこぼして笑いを取ります。
最初の芸は御約束のラッパ演奏。「お○んこ」にオモチャのラッパを挿入し、その音に合わせて童謡「かっこう」を合唱します。もちろんエロエロ探検隊一同は童心に戻り、
「かこー、かこー、かこかこかこ」と熱唱しました。
その時です。
「ええぞー、ええぞー」と浴衣坊主は立ち上がって財布を取り出しチップを差し出しました。ヨーコ嬢は満面の笑みを浮かべ、
「おっちゃんが、急に好きになってきた。ありがとうございます。世の中なに言うてもゼニやしな」と言いながらチップをカゴに差し込みます。浮き上がっていた浴衣坊主を上手くステージとの一体感の中に取り込んでしまいました。
続いての芸は必殺鉛筆折り。鉛筆を「お○んこ」に挿入し、開脚前屈して床に押し当て折ってしまうという荒技です。しかも今回は三本同時にやってのけるというのです。
男性としては見ているだけで痛くなってくるのですが、ヨーコ嬢が柔らかく身体を前屈させると、
「ボキッ」という音が鳴り響き、見事まっぷたつに切断されたのです。その有り難い鉛筆をヨーコ嬢は惜しげもなく客席へ。われわれは奈良東大寺のお水取りで火の粉を浴びる群衆のように折れた鉛筆に群がりました。もちろん「マン力」の御利益のあずかろうとの純なる気持ちから出た行動です。
興奮した浴衣坊主は訳のわからないことを叫んでいるのですが、ヨーコ嬢は当意即妙の客いじりで軽くいなしながらもチップだけはむしり取っていきます。そのやり取りに場内は爆笑につぐ爆笑。ヨーコ嬢の姿がまるで孫悟空を手のひらで弄ぶ仏様のように見えてくるのでした。(続く)

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2007年10月25日 (木)

炎のヨーコ後援会発足①

またまた行って参りました。伝説のストリッパー「ヨーコ」さんの関西凱旋公演であります。
ヨーコさんは「花電車」という特殊芸の持ち主です。「花電車」って何?と思われる方が大半かもしれません。かいつまんで説明すると「お○んこ」に筆を挟んで字を書いたり、「お○んこ」に入れたタンポンから糸を出してその糸でリンゴを切ったり、「お○んこ」に管を挿入し、そこへ吹き矢を入れてマン力で矢を飛ばし風船を割ってしまったりするアジアの伝統芸です。
なんと卑わいな、公序良俗を乱すお下劣な行為などと思われるむきもありましょう。違うんです。まずは実物をごらんあれ! 私も一度見てぶっ飛んでしまいました。それはエロスすら越え崇高さすら感じさせる至芸。神々の領域にまで達する厳かなる儀式です。
それだけではありません。ヨーコさんは文筆家としても名をなしておられます。河出書房より「21世紀の性器考」という学術的著作を出版されており、「新潮45」にも健筆をふるっておられる、まさに才色兼備な方なのです。

24日七時半、JR京都駅八条口にヨーコさんを崇拝する「エロエロ探検隊」のメンバーはそろいました。
日刊ゲンダイの山本林デスク、西埜隆文記者、毎日新聞の田倉直彦記者、報知新聞の山本貢雄記者、ネットワーク法制論の研究者・長岡範泰先生、さらには大物テレビ関係者まで。私を除くと日本の知性と言っていい面々です。向かった先は京都の老舗ストリップ劇場「DX東寺」。私は期待に股間を、いやいや胸をふくらませておりました。(続く)

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2007年7月24日 (火)

世界初の上方文化評論家に驚く

22日、上方文化評論家 福井栄一さんの講演会「怖くて楽しい『もののけ』ばなしに行って来ました。
日本の文学や芸能には幽霊や妖怪、生き霊や鬼といったさまざまな「もののけ」が登場します。科学文明万能の社会に生きるわれわれの深層に眠る闇の系譜を、その抜群の蘊蓄と独特の福井節で語り尽くすという催しで、暑い夏にぴったりの納涼企画でした。
さて、上方ってなに? とおっしゃる向きもあるかもしれません。「じょうほう」ではなく「かみがた」と読み江戸時代に畿内を呼んだ名称です。関東地方の方は覚えておいてくださいね!
世界初の上方文化評論家である福井さんとはいかなる方なのか? 21日の朝日新聞「be on Saturday」に紹介記事が出ていたので、そのまま転記します。

上方文化評論家の福井栄一さん(40)は、8年前まで大手銀行に勤務していた。小さい頃から無類の本好き。大学卒業時には研究者になる道も頭に浮かんだが、経済的なことも考えて銀行を選んだ。当初は順調に業務をこなした。また、母校である京大大学院法学研究科に、勉強のため派遣されたこともあった。
ところが、その後東京勤務で体調を崩した。海外との折衝が多く、毎朝早くから終電がなくなるまで働いた。上司との折り合いもよくなかった。次第に睡眠不足で疲弊。勤務中に意識を失って倒れ、半月ほど休職。大阪に転勤となった。
その後、たまたま日本舞踊のひとつである上方舞に出会った。見に行った舞台で「扇ひとつですべてを表現する」吉村雄輝夫師の芸に触れ、なぜか涙が止まらなくなった。演者は、きっと舞いが三度の飯より好きなのだろう。「それに引き換え自分は……。私は自分の、内なる声を聴いてきただろうか。いや、むしろ耳を閉ざしていたのではないか」と思い、その夜に辞表を書いた。
いきなり辞めたので仕事も何もない。敬愛する吉村師にアドバイスを受けながら上方文化の研究を始めた。以来8年で8冊の本を刊行。週に1、2回は講演する機会もある。伝統芸能だけでなく、陰陽道や上方言葉、地域問題など話題も多い。話が面白くなければ、お客は席を立つ。すべてが自分の責任だから、生きている実感があるという。収入は行員時代とは比較にならないが、やりがいは逆である。孤軍奮闘だが迷いもない。
組織で働く人々の悩みや惑いの中には、その人の本来の可能性が宿っていることがあるのだ。

さて実際の福井さんはと言うと「はんなり」「まったり」「じんわり」の上方マインドに身をつつみつつ、そこへ毒舌が加わりながらも、温かい気配りを決して忘れないという気質の持ち主であります。さあ、著作を読んでみんなも勉強しましょう!

福井栄一氏HP  http://www7a.biglobe.ne.jp/~getsuei99/

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2007年7月16日 (月)

関西バレエはラテン系!?

Photo_14 舞踏ジャーナリスト、菘(すずな)あつこさんのお招きにあずかり「バレエコレクション2007 in Osaka バレエスーパーガラ」公演に行って参りました。場所はグランキューブ大阪。ロイヤルホテルの隣に建つ大阪国際会議場の中にある大ホールです。

恥ずかしながら従姉妹の発表会を除くとバレエを鑑賞するのは初めて。初心者でも理解できるのか不安を抱えていましたが、全幕公演ではなくクライマックスや技の見せ場が詰まった「グラン・パ・ドゥ・ドゥ」を集めての上演で、無理なく楽しむことが出来ました。

菘さんによると、関西のバレエは回転や跳躍に重きをおき、テクニックや派手な演出に喝采があがるという。躍る方も見る方もラテン系のノリらしい。実際、本番でも超絶技巧でクルクルと回転を続ける美羽礼加さんには大歓声が巻き起こっていました。東京での公演ではフェッテの最中に手拍子が起こることなどないとのこと。バレイの中にも東西の気質の違いを見ることができ面白かったです。

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2007年5月 6日 (日)

Art Dance☆SAFARI Vol.2 【卍】

Art_dancesafari_vol2_1 日刊ゲンダイ大阪の西埜隆文記者に招待してもらい、フェスティバルゲート3Fで開催された「Art Dance☆SAFARI Vol.2 【卍】」へ行ってきました。コンテンポラリー系ダンスのイベントで、関西を中心に活躍するダンサーが結集しました。

創作舞踏家の渡辺理緒さんが主催されたダンス公演は予想をはるかに上回る迫力と熱気に圧倒されまくりましたので報告します。

ソフィー・マルソーの愛弟子であるマイム俳優のいいむろなおき氏をはじめ、ポールダンスを演じてくれたShu Wunさん、Tap・IrishDanceの第一人者EDDY吉野さん、インド舞踏家のマユリ・ユキコさん、妖艶なフラメンコダンサーのtAma.さん、可憐なベリーダンサーのKarenaさん、DX東寺劇場所属の踊り子である雲母☆(kirara)さん、ダルブッカ奏者の牧瀬敏さん、フラメンコギターの伊達ちづ子さん、カンタオールの奥林秀晃さん、和太鼓の田坂大地さんと参加されたのは各界を代表する凄すぎる面々ばかり。

それぞれの分野で活躍する方がジャンルの壁を越えたパフォーマンスを挑みます。根元的な表現を追求するアーティストとしての熱い情熱に見ている方までやけどしそうになるほど。セクシーアートダンサーとしての理緒さん演じるアメノウズメノミコトはまさに始原的な神話空間の最中をたゆたうがごとく。音楽で言うならジャムセッションのようなコラボの数々に至福の時を過ごしました。

われわれのお目当てはヨーコさんの「花電車」。女性のアソコでスプーンを折り曲げたり、火を噴いたりというとてつもない芸の持ち主です。こうやって活字に起こすとご存じない方は何か「キワモノ」のようにお感じになられるかも。百聞は一見にしかずという言葉が彼女のショーほど当てはまるものはありません。とにかく明日へ生きる元気が湧き起こってくることを請け合います。

イベントが終わってからの懇親会では、皆さんから色々な話を聞くことができました。常に新しいものを産み出そうとしておられるEDDY吉野さんの言葉には感銘を受けました。不勉強でダルブッカという楽器を知らなかった僕に対し牧瀬さんはいろいろなことを教えて下さいました。

さてわれらがヨーコさんはストリップ界で一二を争う知性の持ち主。河出文庫から刊行されている著書「21世紀の性器考」にサインを頂戴しました。ムチャクチャ嬉しかったっす。ヨーコさんは今月号の「新潮45」にも「ストリッパーの二十四時間」という文章を寄稿しておられます。ストリップ業界の日常を情感豊かな筆致で綴った名文で、にじみ出る悲哀が何とも言えません。是非是非こちらの方も目を通して下さい!

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2007年4月 6日 (金)

ウィーン版「エリザベート」

Elisabeth 大阪梅田芸術劇場にてミュージカル「エリザベート」を観劇しました。宝塚や東宝でお馴染みの出し物です。今回はその本家本元であるウィーン版が、出演者はもちろんのことオーケストラに至るまで百名規模で来日したのです。しかもブロードウェイの日本公演などでみられるツアーキャストでなく、本場で行われているフルキャストでの上演。1992年の初年以降、総上演回数4000回、450万人を動員した舞台と聞けば、ファンならずとも行かない訳にはいきません。

舞台は想像以上に素晴らしいものでした。ヨーロッパならではのゴージャスな衣装、ブロードウェイやロンドンのミュージカルとはひと味違う典雅な音楽、そして予想をはるかに上回るテンポの良さ、伝説的な后妃エリザベートや死の使いトートの圧倒的な声量と見所満載。さすが阪急百周年の記念イベントに選ばれただけのものがありました。

大阪終演後、新宿コマ劇場でも公演が行われるものの、舞台装置はなくコンサートバージョンでの興業。本場ウィーンと同じ舞台を見ることが出来るのは、今公演のために大幅改修した梅田芸術劇場だけなのです。少々値は張りますが、関西方面に居住されているなら必見。4月30日までですのでお見逃し無いよう。

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2007年4月 2日 (月)

風の声がきこえる

Photo_11 3月31日、大阪狭山市のSAYAKAホールに平田大一さん来られるということで取材へ行ってきました。
平田さんは沖縄で地域の歴史を取り入れた演劇を子ども達へ指導することにより、教育の再生や町興しにつなげていくという運動を行っている方で、現在那覇市芸術監督、財団法人国立劇場おきなわ運営財団企画制作専門委員という要職にも就いておられます。
今秋、河出書房新社より平田氏の著作の刊行を予定しており、先月来下取材のため動き回っています。
「子ども達の」「地域の歴史を取り入れた劇」と言っただけで、何か面白くなさそうという先入観をお持ちの方も多かろうと思います。実際、僕も当初はそれほど期待しておりませんでした。
沖縄へ乗り込んで、それぞれの地域をまわり、劇に関わる親御さんや子どもさんに取材を重ねるごとに驚くべき事実を耳にするようになります。
登校拒否だった子どもが皆勤するまでになった。不良が芝居を通して立ち直った。劇への参加を通じて家庭に会話が戻ってきたなどなど。とにかくインタビューを受ける人がみな揃って「熱い」人たちばかりで、このムーブメントへ参加することにより、自分がいかに変わったか、地域がいかに蘇ったかを、口を揃えて語るのです。
実際の公演はというと、それがまた凄まじいパワーを発するもので、歌ありダンスあり空手ありのミラクルパフォーマンス。勝連という町で「肝高の阿麻和利」という芝居の卒業公演を観たのですが、終演後は出演者、関係者、観客がロビーで号泣しながら抱擁しあう様にただただ呆然としたものでした。

今回の出し物は「風の歌がきこえる~新龍神伝説」という新作の現代版組踊。きむたかキッズリーダーズとの交流を続けていた大阪狭山市の中高生と保護者達が、勝連での活動を自分たちの地域でもと思い立ち、シナリオから音楽まで地元の人間で独自に創作し、今回初演したものでした。
さやま池でダンスの練習をしていた女の子が、一人池に残って佇んでいると、白い龍神が現れ1935年の沖縄勝連の浜にタイムスリップし、その時代の女の子と知り合った上、戦争を追体験するというストーリー。芝居を通じて地元の文化を知り、地域への理解を深めるという点で平田イズムを継承するものとなっています。
沖縄以外で行われる平田さんの関わる舞台では、これほどの規模のものは初めて。何と言っても初演ですから、ワークショップの延長線上みたいなものかと想像していました。とはいえ僕が通っていた高校の後輩も多数参加していたので、頑張って欲しいな、とも思っていました。
会場は1200人収容の大ホール。集客を心配しましたが、開演前には満杯になっており、市長さんも来ておられました。
6時半に開演。なんと舞台には平田さん自らが「おじい役」として参加し、沖縄からはるばる駆けつけた十人の子ども達も友情出演していました。
さて肝心の舞台ですが、初演とは思えないほどの完成度で僕もびっくり。舞台が終わってから出演者、関係者の抱擁と滂沱の涙はまるで勝連「きむたかホール」の興奮をそのまま持ってきたみたいで、感動的な雰囲気でした。
終演後、平田さんとしみじみ話をしました。「勝連メソッド」は沖縄以外の土地でも十分通用するのではないかということを。平田さん自身、この日の成功であらためて確信したようでした。

平田さんの活動は、教育の抱える様々な問題、疲弊する地域をいかに振興していくかという疑問に対する鍵やサジェスチョンに富んでいます。教育関係者や町興しの担い手を唸らせるような本にしていきたいなとあらためて感じた瞬間でした。

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