2008年5月26日 (月)

激安ツアー潜入ルポ

激安ツアー体験ルポとの名目で香港パック旅行に参加してきました。二泊三泊という日程ですが、成田夕刻発のフライトで現地のホテルに到着したのは日付が変わってから。三日目は五時五十分集合で朝の飛行機で発つという強行軍です。
かかった金額は空港使用料や燃油サーチャージなど諸経費を含めて32240円。確かに驚くべき安さです。東京ー大阪間の新幹線が一万四千円する時代にこの金額で宿泊費や食事代まで含み、果たして利益が出るのだろうか? 誰しもが思うことでしょう。秘密は土産物ツアーで旅行業者がショップからもらうキックバック。土産物ツアーを断った場合は逆に罰金を取られるのです。
もちろん市内観光も付いています。しかし行くところは寺院やビクトリアピークといった無料で入れるところばかり。朝食、昼食ともヤキソバ攻撃に合ったのは参りました。
私以外の記者はグアムとバンコクへ行って同様のルポを書いています。さて激安ツアーの結果はいかに? ご興味のあられる方は5月27日発売の「FLASH1007号」をご覧あれ!

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2008年4月30日 (水)

讃岐うどん礼賛

Dscf0374 「南の島のたった一人の会計士」である屋宮久光先生と四国を旅してきました。
テレビのグルメ番組などで聞いてはいたものの、香川県における「讃岐うどんブーム」はとどまるところを知りません。
ご存じない方のためにご紹介しておきますと、名物と呼ばれるうどん屋さんは製麺所が片手間に営業している店が多く、お昼時の数時間しか営業していないのです。店によっては十二時に玉切れなんてことも少なくないとのこと。そして名店の多くは人里離れたへんぴな場所に所在しており、車なくしては訪れることができません。「うどんタクシー」なる商売もあるほどです。
それぞれのお店にローカルルールがあり、自分で麺をゆでたり汁をかけたりと、参加している感覚も人気の秘密かもしれませんね。うどんはもちろん讃岐のシコシコ麺で食べごたえがありました。
ラーメン店を四軒はしごをしろと言われるとなかなか辛いものがありますが、なぜかうどん屋だとそれが可能。もう一度行きたい。切に思ったうどんツアーでした。

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2007年10月 6日 (土)

アップルシード六周年パーティー

小生が契約しているアップル・シード・エージェンシーのパーティーに行ってきました。ちなみに何をやっている会社かというと作家のエージェント業。耳慣れないと思われる向きもあられるでしょう。要は本を出版している作家を発掘し、出版に至るお手伝いをしてくれる会社です。

六本木で行われたパーティには主だった出版社の編集者が一堂に会し盛大に行われました。私もいろいろな方を紹介していただき楽しい一時を過ごすことが出来ました。

このブログをお読みになられた方で、自分も物書きとしてデビューしたいとの意図をお持ちの方、アップル・シード・エージェンシーに一報を入れられてみてはいかがでしょう?原稿を読んでもらうのにお金はかかります。でも内容のあるものでしたら必ず前向きなリアクションがあると思うのです。出版はあくまでも熱意が第一。行動のみが貴方の著作へ結びつくのです。

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2007年6月 4日 (月)

牛のいろいろ

V6010151 鹿児島探訪記の続編です。現地でお会いした下市寿史先生からは興味深いお話を数々伺いました。先生は牛が専門の獣医師であります。
肉牛を肥育する際、去勢をするというのをご存じでしょうか? 摂取した栄養が生殖関係へ回らないようオスの場合は必ず行わなくてはなりません。そのやり方を教えてもらったのです。以前テレビで見た時はペンチのようなもので「パチン」と挟んでいたのですが、最近ではメスを使用。タマタマを切開し、卵大の睾丸を取りだし、さらにぶら下がった空っぽの袋を根本から縛ります。そして先にぶら下がったものをちょん切ってしまうとの事。なんと麻酔なしだそうです。男子たるもの考えただけでアソコが痛くなってくる話ですが、牛君は意外と平気なんだって。
種付けは雌牛の発情時に行い、二十一日後に生理が来なかったら受胎。六十日検診では肛門から腕を突っ込んで直腸から子宮の根本をつかみ、直接妊娠を確認しなくてはなりません。ほとんど肩のあたりまで牛の体内に挿入されるとのこと。牛に吹っ飛ばされたり、顔面を蹴られたりと、文字通り体当たりのお仕事です。
種牛になったらメス牛とやり放題なのかと思っていたら、型枠みたいな張りぼて相手に疑似性交させ精液を採取するんだと。それを三百本に分けるんだそうです。人気が出るとしょっちゅう木枠にまたがらなくてはならないもんですから、腰を痛める牛も後を絶たないというのですから、種牛も楽な商売ではありません。
牛の話を愛おしそうに話ながら、しゃぶしゃぶの和牛を美味しそうに平らげ、レバ刺しを三枚も注文なさった下市先生の姿と見て、生命を大切に育み畏敬の念を持ちつつ殺生していただくという事の意味を考えました。

市内を散策していると「かごしま近代文学館」という施設があったので、はて、鹿児島出身の作家って誰がいたのかな? すぐ頭に浮かぶのは宮内勝典くらいだが、なんて考えながら入ってみました。
常設展には六人の作家の足跡が。海音寺潮五郎までは、なるほどと思ったのですが、梅崎春生、林芙美子、向田邦子、島尾敏雄、椋鳩十と来るに及んで、あれっと思いました。確か鹿児島出身ではなかったはず。よくよく読んでみると鹿児島ゆかりの作家ということでした。鹿児島で生まれ育ったの作家は一人だけだったのです。
海音寺とて偉大な作家ではありますが、決して近代文学史のメインストリームを彩る人ではありません。こんなことを言うと鹿児島の方には失礼かもしれませんが、どうやらここは今までのところ作家の生まれ得ない土地柄のようです。
幕末以降、近代日本国家の礎を築く多士済々の人材を政界官界へ供給した薩摩の地が、その一方で近代文学には全く貢献できなかったという事実を面白く感じました。

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2007年6月 3日 (日)

知覧特攻平和会館にて

Photo_13 お招きに預かり鹿児島まで行ってきました。まず初日に訪れたのは川辺郡知覧町にある特攻平和会館です。

かつて知覧には陸軍飛行学校があり、少年飛行兵や学徒出陣の特別操縦見習士官らが訓練を行っていました。昭和二十年、戦局悪化に伴い本土最南端の特攻基地となり、幾多の若人が出撃して行きました。ここには爆弾搭載の飛行機もろとも肉弾となり、一機一艦の突撃を敢行した多くの特攻隊員の遺品や関係資料が展示してあります。

飾られている戦闘機や数々の遺品もさることながら、何よりも衝撃的なのはおびただしい量の遺書や寄せ書き、そして絶筆。遺影とともに展示された書き付けは自筆であるがゆえ、月日を越えて出撃する若人の息吹や諦念、覚悟を現出させます。たんたんと綴られた文字や文章からは言霊と呼ぶにふさわしい情念が立ち上り息苦しくさえ感じられました。時間がなく全てを読み切ることは出来ませんでしたが、もう一度訪れたうえ、しっかり対峙しなくてはならない場所であると確信したものです。

綴られた文章の中に「九段」という言葉が散見されました。突撃を控えた若い隊員にとっての心の中に占められたかの場所への想いを痛切に感じました。保守派の人々が靖国に固執する気持ちもある程度理解でき、この問題の根深さを実感した次第です。

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2007年5月31日 (木)

小浜島訪問!

Photo_12 取材で小浜島へ行ってきました。周囲十六・六キロメートル、人口約五百人の小さな島です。二〇〇一年度上半期NHK連続テレビ小説「ちゅらさん」の舞台になったことで全国にも知られるようになりました。

沖縄本島からさらに南へ二百五十一マイル(約四百キロ)。八重山諸島のほぼ中央にあることから「八重山のへそ」とも言われています。飛行場は無く、石垣島から船で渡るよりほか訪れることは出来ません。

グアムやサイパン、バリやセブ、ランカウイといった観光化された島へは行ったことがあったのですが、それらとは似ても似つかぬ、手つかずの小さな島。中心にある集落ではお年寄りがのんびりと歩いています。ときおり走る車の音以外、ただひたすら風の奏でる音色が耳に響くのみ。この静けさはどんなにお金を出しても買うことが出来ないでしょう。一泊の短い滞在でしたが、異空間にさまよった想いでした。

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2007年2月17日 (土)

沖縄にて平田大一氏を取材

Photo_10 8日から14日まで演出家・平田大一さんを取材するため沖縄に行ってきました。平田さんは沖縄の伝統芸能である組踊にエイサーなど地域芸能やダンス、果てはラップまで取り込んだ新しいタイプの舞台を精力的に作り上げてきた方。演じるのは中高生なのですが、とても素人とは思えない完成度の高いミュージカル風の芝居で、勝連地域の子供達によって上演される出し物「肝高の阿麻和利」はすでに百回以上の公演を数えています。

何よりも凄いのはこの芝居によって地域が変わっていったこと。不登校児が高校進学後は皆勤になったり、不良が更生したりと、平田さんの劇にかかわる子供達が激変していったのです。それを支える地域住民も立ち上がって自主興業のための組織を作ります。取材を進めるに従って、「肝高の阿麻和利」という舞台を通して、「町おこし」や「人作り」がダイナミックに展開されていく様子を知り、ただただ感嘆するばかりでした。

竹中平蔵前大臣や演出家の宮本亜門氏も激賞する平田さんは気さくで明るくエネルギッシュな方で、毎日の激務をこなしながら深夜に至るまでインタビューに付き合って下さり頭の下がる思いでした。

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