アップルシード・エージェンシーに原稿を送ってから3週間後、パソコンのメールソフトの受信トレイに『評価とアドバイス』なるメールを発見しました。
「遂に来たんや。」
クリックする際、緊張で息が詰まりそうになりました。画面にあらわれた本文は思っていた以上に、長大でした。
内容は総論と各論に分かれ、題材や文章、構成についての詳細な分析。読みすすめるうちに頬が紅潮し、心臓の高鳴りさえ聞こえてきました。
「…本作は、世にあふれる実話系雑誌の記事とは明らかに一線を画し、 読む者を惹きつけて止みません。風俗嬢やヤクザとの軽妙な関係等、 赤澤様の直接経験故の力強さを感じさせます。また、それに裏付け られた文章も見逃せません。いわゆる性風俗を扱う作品の多くは、 著者の取材力の低さを誤魔化すためか、そこで働く人々を過度に脚色する傾向にありますが、本作は違います。実に飄々と、時にコミカルに描かれています。読む者に無駄な涙を強いることがなく、それでいて深い余韻を与えるのです。加えて、構成の妙も注目すべき点でしょう。経験に基づくノンフィクションにまま見られる事実の羅列ではなく、いくつかの伏線がきちんと張られ、それが無理なく後の物語を引き出しています。ノンフィクションとしても風俗小説としても読める逸品に仕上がっています…(後略)」
好意的なコメントが記されてあったのはもちろん嬉しかったのですが、何より自分が書いたものを人様が真剣に読んでくれたうえ、論評してくれたということに感動しました。生まれて初めて読者というものに出会った新鮮な驚きでした。
末尾には、出版へむけ、営業をかけてみる旨の記載がありました。予想外の知らせに、またまた驚天動地。こうなったらすべての希望をアップルシード・エージェンシーに託すしかない、といった思いを抱きました。
ちょうどその頃、私がトラック運転手として勤めている運送会社で、外食産業向け食材の配送へと配置転換されました。その現場は、かつてないほど過酷で、かつ長時間労働を強いられました。規制緩和と燃料費高騰で運送業界の現場はとんでもない状況になっているのです。
帰宅してもパソコンにスイッチを入れることすらままならない日々でした。実は、その頃、出版社への営業を始められていたアップルシード・エージェンシーから、原稿をデータで送付すること、原稿にプロローグを書き加えることを依頼するメールが届いていたのですが、届いてから1週間後に気付くという体たらく。指示にまったく応えられないまま、2ヵ月が過ぎてしまいました。
せっかくお声をかけていただききながら、このままでは愛想を尽かされてしまう―。危機感を抱いた私は、取りあえずアップルシード・エージェンシーの皆さんにお会いしたうえ、今しばらくの時間的猶予をいただこうと上京したのでした。4月5日のことです。
大学時代は東京で暮らしていたとはいえ、アップルシード・エージェンシーのある六本木エリアへ足を踏み入れるのすら15年ぶりの今浦島。ヒルズを目の前に「で、でかい。なんちゅうでかさや」と独り言をつぶやくなどお上りさん丸出しでした。
生き馬の目を抜く出版業界、その中で嵐を巻き起こすカリスマ・エージェント。なにせすごく格好いいカタカタ職業です。お会いする前に思い描いていた鬼塚さんはズバリ「切れ者」といったものでした。スタッフの皆さんもすごい早口で、聖徳太子みたいに何本もの電話に出ながら口角泡飛ばしている姿を想像しておりました。
緊張の面持ちで事務所へお邪魔したのですが、予想に反し、オフィスは「なごみ」を感じさせるアットホームな雰囲気に包まれていました。
鬼塚氏の実物はというと、とつとつと言葉を選ぶようお話になる方で、これぞまさに薩摩隼人といった風格がありました。いかにも業界風の人が苦手だったので、非常に好感を持ったものです。スタッフの清水さん、栂井さんも穏やかで実直な方でした。
お3方はそれぞれ原稿に関する丁寧なコメントを述べて下さいました。自分の書いたものを真剣に読んでくれる人が目の前にいるということ自体信じがたく、夢のような至福の時間でありました。また、3人とも頭に思い描いている本のイメージが微妙に違うという点も新たな発見でした。
その時、清水さんから、出版の是非を検討してもらうための追加原稿として、プロローグを書き足すように、と再度言われました。僕はゴールデンウィーク明けまで身動きがとれないので、5月半ばまで待って欲しいとお願いし、幸い了承してもらえたのでした。
ようやく追加原稿が出来上がったのは6月6日、最初の講評をいただいてから4ヵ月が過ぎようとしておりました。
翌週の15日、僕の携帯にアップルシード・エージェンシーから着信がありました。鬼塚さんからでした。
「出版社が決まりました」
僕は、とりあえず「ありがとうございます」と万感を込めて答えたのですが、さらに、鬼塚さんは、
「驚かないで下さいね。こんなことは滅多とないのですよ。講談社さんからの出版が決まったのです」
と仰せになるではありませんか。しばらくは言葉の意味が理解できませんでした。電話を切った後、僕はサイドネットを揺らしたシェフチェンコのようにガッツポーズをしながら雄叫びを上げ走り出していたのでした。
(アップルシードAGC発行まぐまぐメルマガ「出版プロジェクト・物語小説編」vol39より転載)
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